「 Drug War 」
為政者というものは、ときとして詭弁を弄し、おのれの矛盾を人々の目から覆い隠す。
「麻薬」、「武器」、「賭博」などは、為政者が詭弁を弄して利用し続けている「裏経済」の主役である。世界平和を叫ぶ一方で「武器」を生産・輸出し、乱用の危険を喧伝する一方で「麻薬」を戦略物資として利用し、公序良俗を説く一方で「賭博」を開帳し財源としている。
為政者の狡猾な歴史は枚挙に暇がない。例えば「麻薬」。英国による中国での阿片戦争。日本軍によるアジア阿片戦略。そして、インドシナ紛争、アフガン内戦、南米各地の紛争などでは、アメリカが「麻薬」を謀略に利用している。
いまタイ・ビルマ国境で起きている軍事衝突には、この「裏経済」の利権争いの側面が大きい。ニュースでは、反政府グループの民主化闘争あるいは被抑圧民族による民族自決権をめぐっての戦い、ビルマ軍政とタイ軍の反目、そして麻薬組織壊滅のための軍事行動と説明される国境の軍事衝突に、この「裏経済」の視点は欠かせない。そしてそこでは、為政者による様々な「詭弁」が罷り通っている。


私の「麻薬」取材は継続中である。私の見たコト、聞いたコト、歩いたコト、考えたコトを、断片的に紹介する。その断片からだけでも為政者たちの「詭弁」の片鱗がみえると思う。
昨年、ビルマの首都ラングーンに巨大な麻薬博物館(image 3)が鳴り物入りでオープンした。展示で目立つのは、如何にビルマ軍政が麻薬撲滅のために努力を払ってきたか、諸外国がビルマ軍政を中傷しているか、というプロバガンダである。



[3麻薬博物館] [4ケシ畑を刈り払うキンニュン第一書記#][5ワ州統一軍と軍政の和平合意式典#]



[6外国メディアが疑った化学兵器使用#][7作戦に使われた飛行機と機材の展示] [8検挙された麻薬密輸犯#]
# 展示写真の複写は麻薬博物館の許可を得ている
例えば、軍政の実力者・キンニュン第一書記が先頭にたってケシ畑を刈り払っている写真(image 4)と等身大の蝋人形。麻薬生産地帯を牛耳る一大勢力・ワ州統一軍と和平交渉の末に麻薬撲滅に合意したというパネル展示(image
5)。ビルマ軍がカレン軍などへの攻撃に化学兵器を使用しているという外国メディアの報道に対し、ケシ畑を枯らすための枯葉剤空中散布作戦であるといった展示(image
6〜7)。そして夥しいほどの麻薬密輸犯検挙の写真(image 8)が飾られている。
民主化弾圧と人権侵害、そして麻薬関与で国際社会から糾弾されているビルマ軍政がこうしたプロパガンダを行うのは政治的な意味合いがある。民主主義を叫ぶNLDやアウンサン・スー・チー氏には麻薬に携わる不穏な武装少数民族を平定することはできないだろう、という軍事力の鼓舞と居直りがある。また、欧米から経済制裁を受けている軍政が欧米や日本から得られる援助は、人道分野とされる医療、教育、そして、麻薬撲滅のためのプロジェクトなどに限られている。軍政は麻薬撲滅への取組みを喧伝し、海外からの経済援助を増やす糸口を探しているとも受け取れる。
麻薬王クンサーを取材したことがある。
映像著作権がその仕事をしたときのテレビ局に属するので、ここでは映像を紹介できないが、クンサーがビルマ軍政に匿われる半年前のことである。そのときにクンサーはタイ国王や日本など諸外国の元首に対し政治亡命を求める親書を用意していた。例えば、タイ国王への親書の内容は、こんなふうである。
“私はシャン州の麻薬撲滅と領内人民の平和と幸福を誓うものである。しかし、ビルマ軍政との軋轢の故に、領内人民と私の生命が危険にさらされる状態であり、シャン州のタイ王国への帰属を願えないだろうか”
そしてクンサーは、彼の率いるモンタイ軍の出陣式と麻薬に代わる産業振興の宝石工場などをわれわれに開陳した。そのとき、ホモンにある大理石や翡翠でできたクンサーの豪邸には、カーター元米大統領の私設秘書がプライベートな友人として長期逗留している。アメリカ政府はクンサー逮捕に5億円の懸賞金をかけているのに…。ともかく、クンサーはお尋ね者の賞金首ではなく、過去を帳消しにして「表」の世界で安穏と生きたがっていた。
その後、クンサーとタイや諸外国とで、どのような駆け引きがあったのかは知らない。しかし、クンサーはビルマ軍政へ投降し、犯罪人扱いされるわけでもなく、ラングーンの豪邸で人目を避けて暮らしているという。そして、クンサーの息子たちが、堂々とビルマの表のビジネス界に台頭してきている。
ラングーンのアウンサン・マーケットの近くに高く聳えるトレダーズ・ホテル(image
9)は、クンサーの息子と麻薬王ローシンハンの息子が経営に参加している。また、この二人が運営するアジア・ワールドという会社はビルマ軍政から主要国道の建設とメンテナンスを受注している。国道の要所に設けられた料金所は、軍政が設置したものではなくアジア・ワールド(AW)のもので、ゲートは「AW」のロゴでいっぱいである(image
10〜11)。道路は軍事的に重要な意味を持つのだが、その運営を私企業に委ねるというのは、かなり特別なことである。クンサー投降の駆け引きが窺い知れる事業のひとつである。そしてAWは、ビルマ各地でのカジノやホテル経営で、その業績を飛躍的に伸ばしている。



[9トレダーズ・ホテル@ラングーン][10AWの国道料金所@マンダレー〜ムセ][11AWに徴用された道路工夫たち]
世界でもっとも多くケシを栽培し、ヘロインを生産し続けている(image
12)最大勢力・ワ州統一軍(United Wa State Army)も、和平合意の条件なのか軍政から加護を貰っている。ワ資本のメイフラワー・バンク(五月花銀行)が、軍政の正式認可を得てビルマ各地の支店で銀行業務を行っている(image
13)。また軍政はワ州内の自治、武装などを認めると同時に、ワ・ナンバーの車(ビルマ語で書かれたナンバー・プレートではなく、North WaあるいはSouth
Waの略である「NW」「SW」とアルファベット表記されている)に国内自由通行権を与えている。
そして、ワ州統一軍と麻薬をめぐって競合してきたSSA(シャン州軍)に対してビルマ軍政は、SSAは麻薬武装集団であり和平交渉する余地はない、殲滅するのみとアナウンスしている。SSAは、クンサーがシャン州からビルマ軍政に投降した後、紆余曲折を経てタイ軍と関連を持ちながら、UWSAやビルマ軍と戦闘を続けている。最近、民主化弾圧でラングーンから国境に逃れてきたABSDF(全ビルマ学生民主戦線)の一部グループがSSAに合流したという話も伝わってきている。



[12衛星調査されたワ州のケシ畑:水色部分][13メイフラワー銀行チェントン支店][14 UWSAの軍事参謀コ・サイ]
ビルマ軍政とワ州統一軍の和平合意の舞台裏で重要な役割を担ったとされるUWSAの軍事参謀コ・サイに話を聞いた(image
14)。現在は知らないが、彼はヘロインの密売仲介人として財を成し、UWSAの中でメキメキと頭角を顕してきた中国人である。
“タイの軍人やシャンの奴らが、我々を麻薬犯罪人だと非難するなんて、チャンチャラ可笑しい。みんな一蓮托生じゃないか。俺は奴らがどんなことをやってきて、のし上がってきたか知っている。奴らこそ麻薬犯罪者だ。ビルマ政府と協力して2005年までに麻薬撲滅を果たそうとしている我々の邪魔をしているのは奴らだ”
タイ軍幹部とSSAは、この言葉をまったく裏返した発言をしている。ゴールデン・トライアングルで、利権を巡っていろんな離合集散が繰り返されてきたことを連想させる。例えば、2001年初頭に国境でタイ・シャン連合とビルマ・ワ連合との軍事衝突が起こったときに、タイ・タクシン首相は和解策として傘下のシナワトラ・グループ(情報通信産業)からシャン州各地での通信アンテナ基地建設をワ州統一軍に請け負わせるという裏取引を行ったといわれている。ビルマ軍政がクンサーやUWSAを取り込んだように、タイも裏でいろんな駆け引きを行っている。
2001年7月、ビルマ・シャン州東部の古都チェントンから北上し、ワ州統一軍支配地域を目指した。ビルマ・中国国境のうちメコン河とサロウィン河に挟まれた地域には、現在三つの実効支配グループがいる。北から、コーカン軍(MNDAA:Myanmar National Democratic Alliance Army)、ワ州統一軍、東シャン州軍(ESSA:East
Shan States Army)である。それぞれがビルマ軍政と和平合意に達し、自治権を得ている。この地域はネウィン政権と対立していた旧ビルマ共産党が中国政府から後押しを受けて支配していた地域と重複している。ビルマ軍政と中国政府の蜜月が始まってから、ビルマ共産党員はこの地から霧消し、上記3グループが実効支配するに至った経緯がある。



[151泊五万円の高級ホテル@モン・ラー] [16〜17少数民族パーク@モン・ラー]



[18〜19ここで使えるお金は中国元と20世紀初頭のインド銀貨だけ:両替屋][20兵士たち@モン・ラー]
チェントンから峠を越えて何箇所かのビルマ軍のチェック・ポイントを通過後、東シャン州軍のチェック・ポイントをパスすると中国国境の街モン・ラーに到着する。東シャン州軍の支配地である。そこは、驚くことに観光地として栄えている。ここに簡単に来ることのできる外国人観光客は、もちろん中国人以外にはいない。ソープランドやカラオケ・ラウンジを備えた1泊4,000中国元(約5万円)の高級ホテル(image 15)が建ち、タイから出稼ぎのエレファント・ショーやニューハーフ・ショーが行われる遊園地がある。新聞で見た記憶のある首長族の女性に出会った。数年前のVisit
Myanmar Yearのとき、ビルマ軍政がラングーンに少数民族を集めて彼らの生活を見せるテーマ・パークを作ろうとして、世界の人権団体から総反発を喰って中止したニュースの主人公である。軍政は少数民族の動物園を作るつもりか、という趣旨の人権団体の抗議に繰り返し登場したのが彼女である。彼女は今、モン・ラーの少数民族パークという「動物園」もとへ「土族人生活区」で観光客からのチップを糧に生活をしている(image
16〜17)。
モン・ラーではUSドルやタイ・バーツはおろかビルマ・チャットも通用しない。通用するのは中国元と20世紀初頭のインド銀貨(銀の純度が高く、銀の値打ちで取引きされている)である(image
18〜19)。
ビルマ軍政の預かり知らぬ東シャン州軍の支配地だから、外国通貨だけが流通し、ラングーンでは取り締まっている類の遊興施設を堂々と営業をしているのだろうか。5万円もする高級ホテルに宿泊できるのは、どんな人たちなのだろうか。高級ホテルの敷地に車で乗り付けて窓から撮影を始めるとセキュリティ・ガードがすっ飛んできてVTRを消去しろと迫る。彼らは東シャン州軍兵士ではなく、まぎれもなく元ビルマ軍兵士だった。そして、山手の空き地でカンフーの稽古をしていた兵士たちは、シャン語やタイヤイ語ではなく、ビルマ語を話していた(image
20)。何か奇妙である。私のにぶい頭でさえグルグルと回転を始める。これ以上は、あくまでも想像の世界なので、ここでは書かない。
ビルマ軍政当局は我々がモン・ラーを取材することを許可しなかった。あくまでも、ワ州統一軍支配地への通過地点として、通過許可をくれただけである。ところが進路が土砂崩れのために寸断されて、モン・ラーで足止めを喰ったのである。行きがけの駄賃で見ることのできたモン・ラーの「謎」をいずれ解きたい。
土砂崩れで寸断された12マイル(20キロ)の山道を歩く。そして、辿り着いたワ州の村々(image 21〜23)。



[21〜23
ワ州統一軍支配下の村と人々]
訪問したのは7月で、ケシ栽培のシーズンではない。しかし、毎年11月から4月くらいまでのケシの栽培・収穫シーズンには、あちらこちらにケシ畑が点在するところだ。ケシの栽培に携わる農民たちは、その恩恵を受けているように見えない。はっきり言って、貧しい。トレダーズ・ホテル(image 9)、メイフラワー銀行(image 13)、モン・ラーの高級ホテル(image 15)などとのギャップに想いを馳せる。
ワ人の定義は難しい。ワ州に住む人たちという意味で使うこともあれば、ワ族という意味で使うこともある。実際にワ州に住む多数民族はラフ族やアカ族である。しかし、少数派のワ人(ワ族を名のる雲南系中国人)が軍事と経済を牛耳っている。実状はともかくとして、ワ州統一軍(UWSA)というネーミングには、ワ州に住むラフ族やアカ族をも統一して代表する軍事組織であるという意味合いが込められている。



[24来季も生活のためにケシを作付けするよ][25作るより吸引する人が悪い:先生たち][26
多民族の生徒たち]
ワ州で、いろいろな人たちに話を聞く。
“UWSAの麻薬撲滅宣言は2005年まで。それまでは、栽培しても構わないと言われている。2005年以降に、ケシの代わりに何を栽培するかって?そのときにならないと判らないよ。ケシから採った生阿片は、3月から4月頃に村に買い付けに来る仲買人に売る。それと何割かはUWSAに税金として生阿片を収めなくちゃいけない…”農民たち(image
24)。
“麻薬は良くないことです。でも、ケシを栽培する農民たちより、それをヘロインにして吸引する先進国の人たちが悪いと思います。ここでは、生阿片は病気を治癒する薬として使うことはあっても、快楽を貪るためには使用していません。外国人が持ってきたモノを、外国人が非難しにやってくるってどういうことなのですか”若い小学校の先生たち(image 25)はドキッとする発言をする。彼女たちは、それぞれラフ族やアカ族などの出身で、マンダレーにある師範大学を卒業して、ワ州に教員として配属されたという。いろんな民族の子どもがいるために、授業をラフの言葉、アカの言葉、そしてビルマ語と使い分けて教えるために派遣された。その発言は彼女たち自身の考えというよりも、そう教え込まれてきた結果のように思える。
現在、ワ州統一軍の実権はパオ4兄弟が握っているといわれている。次男のパオ・ユーダオ(タ・パンimage 27)が政治と軍の指導者である。そして、末弟のパオ・ユーホアは軍司令官として、モン・ピエンにプライベートの軍事教練キャンプ(image
28)を持っている。その前を通り、中の様子を伺ったが、ヒッソリとしている。軍事衝突が、ここ中国国境ではなく、タイ国境にある南のUWSAの支配地区近辺で起きているせいかもしれない。ホンの僅かな滞在許可を恨めしく思いながら、いつの日かパオ兄弟にお目にかかれるのを期待して、ワ州を去った。次は、阿片の収穫期に訪問したい…。

[27キンニュン第一書記(中央)とパオ・ユーダオ(右)][28軍事教練キャンプ入り口の衛兵@モン・ピエン]
ビルマ軍政がジャーナリストの取材に対して厳しい制限を課しているのはご存知の通りである。私のようなフリーランスがビルマ軍政に個人の資格で取材申請しても、まず取材許可は下りないだろう。実は、UNDCP(国連麻薬規制プログラム)の特別の手配で、こんなふうに特別にワ州に入れたのである。ワ州に入る前に、ビルマ中北部のトゥンジー(インレー湖近く)でUNDCP主催による五カ国麻薬撲滅会議の取材をさせてもらった。ビルマ、タイ、ラオス、中国、ベトナム各国政府の麻薬担当者とNGO関係者が集まって、4日間にわたって各国の情報交換と議論が行われた(image
29)。



[29 麻薬撲滅会議@トゥンジー] [30 メタアンフェタミン] [31 押収されたヤーバー製作機械@タチレク]
会議で出た情報で注目したいのは、麻薬の主流が、ケシを原料とするヘロインから、化学薬品エフェドリンを原料とするメタアンフェタミン(ヤーバーimage 30)に移行していることである。気候や土壌に左右され見つかりやすいケシ栽培から、エフェドリンさえ手に入れば簡単な機材(image
31)でどこでも作れてしまうメタアンフェタミンへ、麻薬商人たちは乗り換えつつある。つまり、官憲の手の及ばぬ秘境ゴールデン・トライアングルが麻薬生産の本拠地である必要がなくなったということである。 ワ州統一軍などが5年の猶予期間をもってケシ栽培をストップしたとしても、麻薬市場の大勢に影響がないほどにメタアンフェタミンは流通しているという。メタアンフェタミンはゴールデン・トライアングルでも生産されているが、その他にタイ・マレーシア国境近くの無人島などで生産工場が摘発されるなど、裾野の広がりが懸念されている。
そしてヘロインを扱っていた旧来の麻薬マフィアとメタアンフェタミンを扱う新興マフィアとの間で勢力争いが頻繁に起こっている。
現在閉鎖中のタイ・ビルマ国境メーサイ・タチレクから国境沿いに西へ車で5時間走るとワ州統一軍の支配地マイ・ヤンに到着する。上記、中国国境のワ州とは飛び地になっているUWSA
のタイ国境の拠点である。



[32衛星写真で麻薬工場と疑われた水力発電施設][33 同じく疑われた病院][34 UWSAマイ・ヤン地区副軍司令官]
マイ・ヤン地区は、かつてクンサーの支配地区だった。UWSAが麻薬抗争でクンサー軍と闘って支配地区にしたのが1991年で、1997年からは北部ワ州から兵士だけでなく一般人もマイ・ヤンへ移住を始めている。UWSAマイ・ヤン地区副軍司令官エー・カップ(image
34)は、タイ政府やDAB(アメリカ政府麻薬撲滅局)が衛星写真をもとに、ヘロイン精製工場あるいはメタアンフェタミン工場と疑った水力発電施設(image 32)と病院(image
33)を案内してくれた。見せられたからといって、ハイあなたは潔癖ですとは言えない。水力発電施設と病院は、確かに麻薬工場ではないとは言える。見せたくないものは、やっぱり見せてくれないのだから…。エー・カップ副司令官は、タイ軍やSSAと戦闘中のためか、激しくタイ軍を非難する。
“ここには二万人の一般人が住んでいて、五つある学校には3,500の生徒(image
37)が通っているんだ。それをタイ軍は麻薬軍の巣窟だと中傷して、砲弾を撃ち込んでくる。ヘロインやメタアンフェタミンの工場は、ここにはない。麻薬工場がある場所はタイ領内だ”



[35国境展開中のビルマ軍@マイ・ヤン近く][36パトロール中のワ州統一軍兵士][37ワの小学生@マイ・ヤン近く]
タチレクからマイ・ヤンのビルマ側国境ではビルマ軍やワ州統一軍が、タイ軍とSSAとの戦闘のために作戦を続けている姿を多く見かけた(image
35〜36)。
そして現在も戦闘は続いている…
私の見たビルマ辺境で起こっていることをザッと断片的になぞってみた。
何か変だぞ。
冒頭で書いたように、いろんな「詭弁」が罷り通っているような気がする。「詭弁」に翻弄されないように、もっともっと歩いて、見て、聞いて、考えてみたい。
(2002年8月6日)
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[CREDIT]
これらのスチール写真はVTRからおこしたものです。
もとはカラーDVテープ(カメラVX-1000)です。
取材・撮影:MK