スパイシーたいらんど


「プノンペン・反タイ暴動の怪」 
20032


 タイの女優コップ(スワナン・コンジン)は、テレビでおなじみの顔です。大手化粧品会社ミスティンのCMにも登場し、繰り返し「ミスティン・マー・レウ・カー(ミスティンがきましたよ)」と流されるフレーズは私の耳にこびりついています。街ですごい美人とすれ違ったとき、このフレーズを発して大ウケしたことがあります。私は恥らいを知らぬオヤジです。


 このコップが濡れ衣を着せられ、タイとカンボジアとが国交断絶状態に発展する事件の主役になるとは思いもよりませんでした。


 「アンコール・ワットはタイのもの…」とコップが発言したとする記事がカンボジア紙ラスメイ・アンコールに掲載され、1月末の反タイ暴動の引き金となったのです。カンボジアのフン・セン首相はコップに「アンコール・ワットを盗もうとする泥棒のスターだ」と怒りを表し、タイ番組の放送禁止を表明しました。そしてプノンペン市民たちは、タイ大使館に投石・放火し、つぎつぎとタイ系企業やホテルを襲撃しました。それに対してタイ政府は、軍用機を派遣して在カンボジアのタイ人を帰国させ、経済関係を凍結、国境を閉鎖、陸海空軍に臨戦態勢を発動しました。このニュースは日本でも報道され、みなさんの記憶に新しいことと思います。


 その後、フン・セン首相はタイ政府に陳謝し、虚報・教唆扇動のかどで新聞・ラジオなどの関係者150人あまりが逮捕され、閉鎖された国境は再開されつつあります。そして、被害を受けたタイ系企業の損害補償問題が、両国間で協議されています。被害を受けたタイ企業のなかには、タイのタクシン首相が実質オーナーの情報通信会社カンボジア・シナワット(携帯電話011−ではじまる)が含まれます。ちなみに、フン・セン首相は競合する情報通信会社モビテル(携帯電話012−ではじまる)を持っています。


 騒ぎの当初から謀略の匂いがプンプンする事件でした。燃やされたタイ国旗はプノンペンでは入手できない特殊なものであるという調査の報告もされ、かなり組織的に仕込まれた暴動であるという見方で一致しています。


 7月に行われるカンボジア総選挙、国際法廷に持ち込まれた国境の遺跡カオ・プラ・ヴィハーン(カンボジア語名プレア・ビヒア)の帰属領有問題、国境カジノの利権問題、…。事件の背景について、様々な憶測がカンボジア・ウォッチャーのあいだで取り沙汰されています。


 国連暫定統治後、カンボジア人がナショナリズムを煽られて起こす暴動といえば、反ベトナムでした。植民地時代から、宗主国フランスの中間官吏として重用されたベトナム人に対しての憎悪をカンボジア人は根深く持っています。1975年インドシナ三国からアメリカが撤退したあと、79年にベトナムはカンボジアに侵攻し、ポルポト政権をタイ国境に追いやり親ベトナムのヘンサムリン政権をうち立てます。そのときの外相が現在のフン・セン首相です。タイ国境に追いやられた親中国ポルポト派、シアヌーク派、親米ソン・サン派は、国境三派と呼ばれて反ベトナムで結束します。ベトナムに攻めてこられるのを恐れるタイは、この国境三派を防波堤として利用して西側諸国から多大な援助を得ます。つまり、東西冷戦の前線を担わされたベトナムとタイの代理紛争として、冷戦時代にもカンボジア国内では血が流れ続けたのです。その後、1989年にカンボジアからベトナム軍が撤退し、パリ和平協定締結、国連暫定統治、そしてカンボジア王国再興というプロセスが進行しました。しかし、カンボジアに対する影響力をベトナムとタイとが競いあっているという構図は、いまも続いています。それは経済と政治です。例えば、フン・セン率いる親ベトナムのカンボジア人民党に対抗する嫌ベトナムのフンシンペック党やサムリャンシー党に、タイから多大の支援があることなどをみても判ります。


 日本の報道では、今回の暴動は7月の総選挙が背景にあるという見方が大勢を占めています。反タイ暴動が起こると誰が得をするか、反ベトナム暴動が起こると誰が得をするかということを考えると、これはカンボジア国内の政治家の選挙前哨戦ということ以上の背景が隠されている気がします。


 僅かな扇動で心動かされ狂気に走ってしまう群集心理。そして、それを知ったうえで利用する人間の存在。それは今回の事件に限りません。


 昨年6月、ビルマ軍政の新聞ニュー・ライト・オブ・ミャンマーがタイ王室を中傷する記事を載せました。マ・ティン・ウィンという女性が書いた著名投稿記事です。これが、どのような波紋を起こすことか、タイを知る人ならば、お分かりでしょう。タイのマスコミはもちろん大騒ぎです。ビルマ軍政は確信犯です。タイ政府からのクレームに対して、逆にビルマ軍政を批判するタイ在住のジャーナリストの名前をあげつらって、ブラックリストを公然にしてしまいました。


  アンコール・ワットを我がものと言えば、カンボジア人は怒る

タイ王室の中傷をすれば、タイ人は騒ぐ

第二次大戦の責任を問えば、日本人は黙る

9月11日の話をすれば、アメリカ人は復讐鬼となる

… … …


 それぞれの社会が歴史の中で膨らませてきた観念あるいは通念があります。それを巧みに操つり実権を握ろうとする人間が存在して、マスコミは知らずうちに利用され、人々は翻弄されます。情報というものが力を持ちはじめた時代から、それは当たり前のことです。それが善意で行われる場合と、悪意や私利私欲で行われる場合があり、その区別がつきにくいというのが問題です。


 もう一度、念を押します。女優コップは「アンコール・ワットはタイのもの…」なんてことを発言していません。そんなウソが書けるなら、コップと私の恋愛スキャンダルを捏造したいくらいです。そしたら、コップ・ファンが反日暴動を起こしたりして…。


  私は羞恥心のないオヤジです。


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