タイのマスコミ倫理規定
日本のマスコミ関係者の不祥事事件の数々がタイにも伝わってきて、巷間、話題のタネになっています。痴漢、のぞき、乱交、麻薬渦、万引き、買春、公私混同、やらせ、…。新聞の社会面を飾るマスコミ関係者の不祥事に、我が胸に手を当てて想いを巡らせたときに、自分も必ずしもシロと言えないな、と懺悔したくなります。愛人に入館証を発行させて局内でエッチに及んだというプロデュサーの公私混同事件を聞いたときには、テレビ局の社員食堂に友人を呼んで「タレントもここで食事しているんだよ」と、価値も無いことを誇らしげにして食事したことを想い出します。“やらせ事件”が報じられれば、自分の取材は“やらせではなくて再現である”と言い訳しつつ、厳密に言えば“やらせ”であることに考え至ります。“のぞき”もどきの取材をしたこともあります。マスコミは民衆の味方、権力の対抗勢力としての正当性があるから少々の悪は許されると、自分を甘やかせてきたところがあります。第四の権力にまで成長したマスコミだけが権利乱用して良いという法はありませんから、自らを厳しく律していかなければ、と考えています。
今年はタイでもマスコミ関係者の不祥事が取上げられました。バンコクポスト紙の編集者やタイラット紙の記者が、お金や便宜を受けて某政治家に有利な記事を載せたのではないか、という疑惑事件が国会で論議されました。疑惑の記者たちはすでに退職させられています。今年2月にタイ報道会議(PCT/Press Council of Thailand)は、68人のジャーナリストが倫理を破っている疑いがあり、調査すると発表しています。6月にはバンコクポスト紙が“倫理規定”と題された、政治家や特定企業との癒着報道を無くすための社内規定を公表しました。非常に細かなことまで書いてあるのですが、逆の見方をすれば、普段当たり前のように行なわれているから条文化しているのでしょう。いくつか紹介します。
「取材相手から金、小切手、商品を受け取らない」
「取材相手のはからいで、特別に商品の値引きやサービスを受けない」
「情報源との飲食や遊興は、取材活動上のみ許される」
「無料での飲食、遊興の招待を受けない」
「上場企業からの株の提供などを受けない」
「企業間の競争に直接に関わる働きをしない」
しかし、条文にはいくつかの但し書きがあって、例えば「タイの社会慣例として贈り物などを受け取らないと非礼にあたる場合などは例外とする。その場合、贈り物は保管してチャリティー・オークションにかける」などと記されています。タイらしい逃げ道が用意されているな、と苦笑してしまいます。
さて“倫理規定”以前の体験談を披露します。
毎年、米軍とタイ軍の合同軍事演習コブラ・ゴールドがタイ各地で行われています。97年の演習はピサヌロークで行われました。国軍最高司令部に取材許可申請して、プレス・ツアーに参加しました。まず、バンコクのドムアン空軍基地からC-130輸送機でピサヌローク空港まで運んでくれます。空港から演習地まではエアコン付きの観光バスが手配されています。ショー化された軍事演習と国軍司令官や米国大使の会見などを、事前に詳細に書き込まれたガイダンス(演習の概要、スケジュール、司令官の挨拶内容など)を参考にして収録したあとは、再び観光バスでピサヌロークの高級ホテルまで送ってくれます。そこでビュッフェ昼食です。昼食後は再びC-130でバンコクまで送り届けてくれるという、至れり尽くせりのパック取材です。昼食代や参加費用は、すべて無料です。
私は外国人ですから適用外だったらしいのですが、タイのメディアには軍から“餅代”も出ました。昼食時に軍の担当官がメディアの名前を次々に読み上げて封筒を渡しているので、何かの取材許可証を発行しているのかと思い、私も自分の名前が呼ばれるのを待ちました。待てど暮らせど御呼びが無いので、何の許可証?とタイの知人の封筒を覗くと500バーツ紙幣が垣間見えました。彼は少し恥ずかしそうに目配せしながら、ポケットに封筒をねじ込みました。有力政治家の地方視察同行取材などでも、同じような慣例があると聞きます。
翌朝の新聞の「冷戦が終結しても軍拡競争や米タイ軍事演習は必要なのか」などのバランスのある記事を見てホッとするのですが、軍もしたたかであれば、記者もしたたかなものであるな、と感心するわけです。軍主宰のプレスツアーに参加せずに米タイ合同軍事演習の取材をするのはとても難しいことです。私も送迎・昼食の便宜を無料で得ておいて、“餅代”だけを批難することはできません。しかし、バンコクポストの新“倫理規定”に抵触する行為です。“倫理規定”以後を見る機会を楽しみにしています。
さて、日本で騒がれているマスコミ関係者の不祥事は、どうも下ネタの方が多いようです。タイで下ネタ・スキャンダルを取上げると、マスコミ関係者はもちろんのこと、政・財・官界すべてスキャンダルまみれになってしまいます。(痴漢、のぞきは論外ですが)下ネタは、良かれ悪しかれプライベートのことであって、スキャンダル以前の問題である、という暗黙の了解があるようです。先日、大物政治家が元ミスタイランドの美女と“戸籍に届けない結婚披露パーティー”というものを開きました。年若い美人を手に入れた政治家と美貌を武器に権力を持つパトロンに近づいた美女への“羨望と嫉妬”が、新聞と週刊誌の論調でした。この件で政治家が失墜することは無いようです。