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スパイシーたいらんど


2003年9月

「駆け込 み」


 7月 31日、在バンコク日本大使館に 北朝鮮からの脱出者10名が駆け込みました。中国・瀋陽の日本大使館の事件があったので、大使館職員たちも「ノース・コリア」と叫ぶ駆け込み者を取りあえ ず館内に入れて事情を聞くことにしました。私のアパートは大使館の近くなので、この駆け込み事件が起こってすぐに現場に馳せ参じました。別に取材依頼を受 けたわけでなくて単なる野次馬です。


 瀋陽の事件では阿南大使が留守だったことが問題になりました。バンコクのことですから大使館幹部は交流とかの名目で週日でもゴルフ場でプレーしている可 能性もあります。こういう事件がきっかけで駆け込み者と直接に関係ないスキャンダルが顕になることがあります。事件が起きてもゴルフを中断しなかった森元 首相は危機管理者失格の烙印を押されました。門扉の前で、そんなこんなの話題を顔見知りの報道関係者としていると大使が公用車に乗って外出しました。

 「よ かったね、大使」

 私の横 にいたカメラマンは大使の顔を ビデオにおさめながら呟きました。


front of embassy


 10名の駆け込み者たちは日本大使館に泊めおかれ、脱北の経緯、タイへの移動経路、移住希望地などの聞き込みをうけ、8月23日未明の便で韓国に移送さ れました。脱北者が移送される映像を撮るために、暑さと排気ガスに耐えながら延々3週間も大使館前に張り込みを続けた各局のカメラマンには、ご苦労さんと しか言いようがありません。カメラマンや記者のために大使館敷地内に日よけテントを設けるとか、移送が決まれば各社に連絡するから門前の張り込みは徒労で あるという高札を出すとか、大使館も取材者に便宜をはかってあげれば良いのに、と通りかかるたびに思っていました。これも危機管理なのでしょうか。閉ざし た門扉の前に日よけの帽子と排気ガスよけマスク姿のカメラマンたちがたむろする光景は異様でした。


 北朝鮮のことがニュースになるのは、もちろん分かります。しかし、武装組織が篭城したとか、要人が亡命したという話ではありません。カメラマン諸氏には 失礼ですが、コメントも取れない脱北者の移送映像のためだけの連日の張り込みは過剰ではないかと首をひねってしまいます。切迫する国内事情から逃れて国外 に脱出する人たちの事件は北朝鮮に限りません。たとえばタイには数万人の脱ビルマ者がいます。彼らのことは日本ではあまりニュースになりません。アレル ギーのように北朝鮮のことばかりニュースにするのはその裏に何か意図があるのではないか、とビルマに思い入れのある者のやっかみ半分で勘ぐってしまいま す。


 私は何度かビルマの麻薬取材をしていますが、北朝鮮とビルマの麻薬ネットワークについて取材できないかと日本から問い合わせがきました。確かに、そうし たネットワークがビルマ、ラオス、中国南部を集散地にしてあることは国連の麻薬担当官から聞いたことがあります。しかし、それはビルマと日本ヤクザ、中国 マフィアなどのネットワークの一連であって、北朝鮮だけを主人公にするのは如何なものかと考えてしまいます。もちろん焦点は国家ぐるみの犯罪かどうかとい うことでしょうが、わずかな期間の取材でそんなことを明確にする自信はありません。イラクの大量破壊兵器の例のように、依頼者や取材者に先入観や結論が先 にあって、それに関連づけられるような証言やブツだけを集めるやり方はイージーだけど危険なので、ちょっと慎重になってしまいます。もちろん私自身の反省 を含めてのことです。


 7年ほど前のことです。

 日本の 新聞に「ラオス政府、北朝鮮入 植者2万人を受け入れ」という記事が出ました。

 ラオス と北朝鮮は社会主義友好国で す。ラオスは兵器と交換に北朝鮮に森林伐採権を与えるバーター契約を結び、伐採は北朝鮮入植者が行うことになったというのが内容です。ラオス政府発表をそ のまま記事にしたものでしょう。2万人というのはすごいということで現地に行きました。場所はジャール平原の一画で、インドシナ紛争時にアメリカの空爆で 焼き払われ、爆弾のクレーターが残る大地にはポツンポツンと木立があるだけで伐採できる森林など僅かです。計画は頓挫したようで、10人ほどの北朝鮮技術 者がしばらく滞在していた残滓だけがありました。住民によると、もともと旧ソ連が開拓した牧畜場をひきついで牧草を植え牛や羊を飼ったが、うまくいかずに 引き上げてしまったと言います。「兵器バーター」「森林伐採」「2万人」という記事を鵜呑みにした私の先入観は粉々に砕け散り、このままオメオメ帰るわけ にはいかないと悶々と「兵器」「森林伐採」「2万人」を求めて駆けずり回りました。事実は違ったということを確認できただけで良いではないかと開き直るに は、そのギャップは大きすぎました。あげくに体調をくずし、マラリアとデング熱を併発し、ビエンチャンの病院で三日三晩意識朦朧状態で点滴を受けました。
 

 私はそ のときに、注目を集める(売れ る)からという理由だけで取り組む「北朝鮮」ニュースの呪縛から解き放たれたような気がします。日常茶飯に起こっている目の前の問題から地道に取材してゆ こう、というふうに。それは、タイにいればビルマの問題などです。


 実は以前から脱北者がタイなどの外国公館に駆け込む可能性があることを友人から聞いていました。駆け込みは中国ではかなり難しくなっているので、中国か らビルマやラオスなどへ脱北者の密出入国をアレンジできる仲介者を探しているらしいというのです。不謹慎かもしれませんが、なるほどそれは簡単だな、と 想ったくらいで、特にそれを取材しようとかいう気持ちにはなりませんでした。私も麻薬王クンサーの取材で密出入国の罪でタイから国外退去処分を受けました し、その後も国境カレンの取材では当然越境してビルマ側に入ります。しかるべき案内者がいれば密越境は簡単です。法を犯して取材するのは、取材倫理に違反 するなどと責めないでください。そうしないと取材できないことがある矛盾の方を責めてください。インドネシアのアチェで捕まったアメリカ人ジャーナリスト のことなど例えをあげれば枚挙にいとまはありません。


 そうした越境の経験から脱北者10人のタイへ至る道程に想いを馳せるとともに、日本のニュースになろうがなろうまいが脱ビルマ者数万人それぞれの越境の 経緯に想いを馳せ続けたいと思っています。


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