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98年11月

タイ流不景気対策

日本の景気低迷の長いトンネルには、なかなか出口が見えてきません。タイも日本に

一足遅れてバブル崩壊を体験することになったのですが、決定的だったのは昨年7月の外

国為替の切り下げでした。いままで一ドルが25バーツだった相場が、一挙に40バーツ

に変わってしまったのです。仮に1ドルが100円だったものが、翌日に160円に値打

ちが下がれば、どうなりますか?その混乱たるや尋常なものではありません。

「タイ・チュアイ・タイ・キャンペーン(タイ人がタイを救う運動)」

世界の歴史の中で為政者たちがこの手のキャンペーンを唱えはじめたとき、

向を誤ればその社会が好戦的で自滅的な状況になっています。日本でも「国家総

動員」「ほしがりません勝つまでは」「…」などの標語があったことを思い出しま

す。タイ人の愛国心、救国心に訴えて状況を打破したいのは理解できますが、こ

のキャンペーンの欠点は“敵”が必要なことです。世論を見ているとIMF(世界

通貨基金)やアメリカが“敵”になりかけたのですが、国際社会を敵に回してや

っていけないことを知っている賢明で外交上手なタイの政治家たちはきちんと世

論操作して軌道修正しています。1970年代に起こった「反日」「日本製品不買運

動」のときは「日本がタイから収益を吸い上げるだけ吸い上げて繁栄している」

という声があったのですが、今回は「日本も不景気である、日本が転べばタイも

転ぶ」ことが知れ渡っているので、「日本に立ち直ってほしい」という声が多いよ

うです。それにしてもこのキャンペーンで愛国心をくすぐられて金銀宝石を政府

に寄付するタイ人が多くいるのにはビックリです。

「リッチマンズ・マーケット」

最初に不景気の影響をもろに被ったのはお金持ちたちです。例えば、外国人向

けの高級マンションを主に建設する建設会社オーナーA氏の場合―。外国から輸

入する建設資材はドル建てで仕入れるので、為替レートの急落によって今までの

2倍近くのバーツを用意しなければなりません。しかし、マンションの建設契約

は既に済ませているので、建設費用の値上がりを契約相手に申し出ても、取り合

ってもらえません。見積もりをオーバーする外国の建設資材を仕入れてマンショ

ンを完成させなければ、工期遅れでこれも契約不履行になってしまいます。こう

して多大な損失を覚悟で工事を続行するか、建設資金が用意できなくて夜逃げす

るか、どちらかです。建設途上のまま工事を中断している高層ビルが目に付くの

もこうした理由です。こうしたお金持ちが苦しくなり、社員の雇用削減を容赦な

く進め、輸入に頼る生活物資にインフレがあらわれ、庶民たちの生活に不況の影

響が出始めるまでには少し時間差がありました。プール付きの豪邸に住み、ベン

ツを始めBMW、ジャガーなどの高級車を数台所有しているリッチマンたちは、急

につなぎの現金を用意しなければならず、高級車などの動産を二束三文で売りは

じめたのが「リッチマンズ・マーケット」のはじまりです。最初は自然発生的に、

お金持ちが多く住むスクンビットの路上などにベンツなどの高級車を「売ります」

の張り紙とともに並べていたのですが、場所が手狭になったのと、破産宣告を受

けた会社の没収品の競売を政府機関が仲介しはじめたことなどで、バンコク郊外

に広大な敷地を確保して正式に「リッチマンズ・マーケット」として成立しまし

た。週末にオークションが行われ、それなりに活況を呈してます。競売品は高級

車だけでなく、有名画家の絵、博物館に飾ってもおかしくない骨董品や芸術品、

はてはヘリコプターまで…。「〇〇鑑定団」という番組がありますが、バンコクで

の開催もおもしろいですよ(リッチマン「笑い事ではありません、本当に切羽詰

まっているんです」)。

「IMF(国際通貨基金)歌手」

IMFの経済再建策に従うべきか、否か。日本を含めてアジアの各国が不況の中

で、この論争で盛り上がっています。米国の経済学者たちが主流を占めるIMF(お

かしなことに日本が最大の基金オナー)の経済政策がうまくいったためしは無い、

というのが世論です。しかし、IMFの指導に従えば国家経済立て直しのための多

額な援助金が支給されます。それぞれの国なりの事情があって、異国の経済学者

の机上の(しかも某国に有利な)理論では経済立て直しもうまくいかない、とい

う話を複数のタイの経済学者から聞きました。でもIMFのお金は欲しい。IMF、IMF、

ああIMF、…。IMFが流行語になり、「IMF」をタイトルに流行歌も生まれました。

内容はIMF讃歌ではなく、タイらしく「面従腹背」のパロディーです。タイでは

ありませんが、「IMFランチ(格安昼定食)」、「IMF…」という流行語も出ています。

「失業ジャーナリストたちの窮乏」

リストラ、倒産による失業・再就職難が、他人事ではなく現実の話として、日

本社会を駆け巡っています。タイでも深刻です。失業保険などの制度が整ってい

ないタイでは、「クビ」を宣告された翌日から無職、無収入の状態になります。入

社時に「最低1ヶ月前の事前通告」「雇用人に非の無い、突然の雇用解除に関して

は、雇用主が数ヶ月先の給料保証すること」などの覚え書きをかわしているのは

一握りのインテリか、労働争議を恐れる外資系企業くらいです(この手の揉め事

の裁判で外国企業は全く不利なので、労務管理に関しては高くても政財界に顔の

利くタイ弁護士と契約している)。いままで売り手市場だった就職戦線では、逆に

雇用人の方が通告も無しに会社を辞めたり、もっと良い条件の会社に気軽に転職

していたのですから、かつて終身雇用といわれた日本の「カイシャ」に対する考

え方とは違うようです。さて、いきなり職を失い路頭に迷った人々は、どう口し

のぎすればよいのか?「プチャカーン」(英語に訳せばマネージャー)という新聞、

雑誌、ラジオ局などを持つ大手情報産業会社が崩壊して大量の失業者がでました。

山一證券の社員が「山一」の名にプライドを持っていたのとおなじく「プチャカ

ーン」の名もそれなりのブランドです。外国の大学の博士号や修士号を持ってい

る有能な管理職たちは、縁故と実力で早々と他の情報産業に再就職先を見つけま

した。まず責任ある管理職が会社を離れたのでは、残務整理も何もあったもので

はありません。事務員や下働きのスタッフなどは、有無を言わせない状況の中で

解雇され、タクシードライバーや屋台の売り子など日銭になる仕事をなりふりか

まわず求めました。最近、タクシードライバーたちのなかに流暢で上品な英語を

話す人に多く出会うようになりました。かつて大企業に勤めていた人たちです。

高級ホテル・ドゥジットタニのリムジンカーの運転手たちが女性に変わったのも、

企業OLたちの再就職先です。しわ寄せを食ったのは今までドライバーをしていた

人たち。最近スラムなどで夫婦げんかの上の致傷事件が多発していますが、ドラ

イバーなどをしていた亭主が職を失い、家にいる時間が多くなったからと分析を

する社会評論家がいます。そしてプチャカーンのなかで最後まで売れ残っている

のが、プチャカーンを現場で支えてきた優秀な記者たちです。「リッチマンズ・マ

ーケット」のように「プレスマンズ・ショップ」を経営したり、名づけて「プレ

スマンズ・ハンバーガー」を売り歩いたり、無公害のオレンジジュース屋を開業

したりして自活の道を模索するのですが、いずれも「武士の商法、なんとか」の

たとえの如く。取材対象としてはいろんなことを知っていたのが、いざ自分がや

ってみるとうまくいかない。そして、記者活動ほど面白くない。意外やジャーナ

リストというのはつぶしの利かない職業だったのです。かくして、彼らは新聞の

職業欄を見ては情報系の企業回りをする日課を送っているとのこと。

「軍人は国の鏡?」

タイにはこんな教訓話があります。「息子を3人持ったなら次男、三男は警察官

と軍人にすべきである」なぜなら食いっぱぐれがなく、出世すれば家族が「利権」

の恩恵にあずかれるからです。いまでも「利権」は厳然とあるのですが、国民の

目に見えるところでは簡単に行使できなくなってきたようです。交通警察官が違

反切符を切らずに罰金を徴収する姿(ドライバーから怒りの声を耳にしても、告

発されることはなかった)をタイのテレビ局が密かに撮影し、社会問題として取

り上げました。これはタイにとっては画期的なことです。この報道の後ある警察

署内で内部告発があり、「利権」を行使して得た金の分配が不公平である、つまり

ボスだけが儲けている、というような信じられない発言が現場警察官から飛び出

し、この手の「利権」の行使に関しては自粛中です。排気ガスのなか渋滞の交通

整理におわれる警察官は、ノイローゼになり自殺者も続出しているぐらいの激務

をこなしているのだから少々のことは目をつむってあげよう、調の警察官擁護派

まで出てきて何がなんだか理解に苦しみます。さて軍部はというと「利権」の規

模はもっと大きい(武器の購入利権、国境貿易利権、国境地帯は軍の所有地なの

でその利権、果ては麻薬…もとへ、これ以上言うと殺される)。しかし、この経済

危機の中、数十万の兵士と家族を養っていくのにも限界が出てきたようです。さ

まざまな表の国軍ビジネスが奨励され、バンコク郊外の広大な基地では近郊野菜

畑と養鶏場の経営に乗り出しました。兵士たちは、武器を鍬に変えて国の存亡に

立ち向かっています。高級将校に優先権(ほぼ無料でプレー)があった軍所有の

ゴルフコース(全国各地に点在)なども模様変えして一般人に開放、グリーンフ

ィーを徴収して自活運営できるように組織変更しています。クーデターでは世の

中を変えられないことを悟った軍部の選択です。警察、軍ともにその権益を国民

に公平に分配する夢のような時代がくるのでしょうか?

「標的はドルを持つ外国人」

経済危機の中、食うに困って人様の財産に手を出し、御用になる泥棒も増えて

います。また、日常の商取引でもできるだけ利潤を得ようと詐欺まがいの「高利

少売(薄利多売の逆)」が目立ってきました。いままで10バーツ(35円)だっ

たバーミーナム(タイラーメン)が20バーツ(70円)になり、しかも3枚入

っていたはずの焼きブタが1枚しか入っていないとショックです。これには裏が

あり、タイ人客には値上がりを納得させるために焼きブタを増やして入れている

のです。文句をいうと焼きブタを追加して入れてくれます。強いドルや円を持つ

外国人は標的なのです。泥棒の標的も裕福な外国人に移行しています。ぼったく

りバーも増えてきました。お金持ちが貧乏人に富を分け与えるのは当然であると

いう社会規範があり、それはお金持ちにとっての「徳」でもある、という考え方

があります。日本人はお金持ちであるという先入観があるので要注意です。警察

白書によれば、治安の良いタイなのに日本人が泥棒、すり、詐欺などの犯罪に巻

き込まれる件数が世界で一番多いというデーターがあります。相場の倍以上の買

い物をしても「安い、安い」と喜んで帰る日本人の「徳」をタイ人は称えていま

す!?

「外為相場に手を出した某邦人コーディネーターの悲哀」

暇な所為か、あまり役に立たないことばかりを延々と書いているような気がし

ます。役に立たないついでに閑話休題をもうひとつ。経済危機は、見方を変えれ

ば逆にビックなビジネスチャンスでもあります。毎日のようにめまぐるしく変わ

る為替相場を見て、これこそ大儲けのチャンスと見て取ったコーディネーターの

Y氏は全財産を外為相場につぎこんで、バーツの上がり下がりに一喜一憂する生活

を送りはじめたのです。Y氏は優秀なコーディネーターで、決して仕事をおろそか

にするような人ではありませんが、それでも取材の合間を見計らって携帯電話で

相場の変動を確認し売り買いの指示を出していました。当初は読みがあたりかな

りの利益を上げていたようです。元本とその利益を合わせてつぎ込み、倍倍に増

やしていくのが、相場の醍醐味というもの。Y氏も倍倍ゲームを楽しみ、取材中に

も思わず微笑む彼の顔を見ていると、また儲けたな、とすぐ分かります。コーデ

ィネートの仕事はプロですから何の支障も無く、どんな依頼も順調にこなしてい

ます。そんなに儲かるのなら彼の尻馬に乗って稼ぐのも悪くはないなと思いはじ

めた頃、彼の沈鬱な表情と「全財産を失った上に損失まで出した」という報告を

聞きました。為替相場の儲けからすれば微々たるコーディネーターの日当でもコ

ツコツと汗を流して働いた方が良いと彼は借金返済のために猛然と働きはじめま

した。高い授業料でしたが、Y氏にタイの経済関係の取材のリサーチやコーディネ

ーションを頼めば、右に出る人はいないと確信しています。