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99年9月

「濁流と満月」

9月24日(旧暦8月15日)はタイでも仲秋の名月を祝います。タイは西暦を採用していますが、ほとんどの行事は太陰暦(月こよみ)に因っています。そこで月とタイ社会の相関関係について書きます。

アジアの先達・文化人類学者の星野龍夫さんと写真家の田村仁さんの著作に「濁流と満月」というタイトルのメコン流域の民族誌を考察深く書き綴ったものがあります。テレビ企画のヒントになる盛りだくさんの話題とともに、撮影ポイントの参考になる美しい写真が豊富で、オススメの一冊です。

この本で何よりも気に入っているのはタイトルです。恥も外聞もなくタイトルをパクらせていただきます。メコンを訪れたことのある人は御存知だと思いますが、「濁流」という表現がぴったりの大河です。河の流れだけではなくて、そこに生きる人々、社会、政治なども「濁流」です。タイ社会はよく「混沌・カオス」などと表現されますが、「濁流」も同義語に当たるかもしれません。そして「満月」。灼熱の太陽が照りつけるタイでは、夜行性の生活の方が楽だと感じるのは私だけでしょうか。モノレールや地下鉄の工事がバンコク市内のあちらこちらで行われていますが、作業が捗っているのはもっぱら夜です。作業員たちの行動を暑い日中に観察していると、いつになるとモノレールや地下鉄ができることやらと不安になるほどダラダラしています。いつのまにか形になってきているのは夜間の作業成果ではないか、と推測しています。そして夜行型人間、夜行型社会にとって満月の夜は昔から月明かりのお陰で活動がもっとも活発になります。

そういうことで「濁流と満月」というタイトルはタイの風土を言い当てていて妙です。

<タイの月見団子>

月餅(げっぺい)は日本でいう月見団子にあたるお菓子です。仲秋の名月を前に、タイのいたるところで月餅のプロモーション・セールが行なわれています。中国系タイ人が持ち込んだ慣習ですが、クリスマス・ケーキよりもはるかにタイ社会に根づいています。日本の饅頭と味も形も似通っている月餅ですが、アンコの中に乾燥ドリアンをまぶしたりして、それぞれのお菓子屋さんが意匠を凝らしています。甘党の人たちには中々イケル味です。日本に温泉饅頭の品評会があるように、タイにも月餅の品評会があります。快楽(サバーイ)に従うことにタメライの少ないタイの人たちのことですから、月餅が美味しければ、満月の儀式に拘らずに頻繁に食します。この時季に訪問先ごとに茶菓子に出されるゲッペイで、辛党の私はゲップ状態になります。

<月とタンブン>

敬虔な仏教徒のタイ人といえども、毎日毎日お寺にお参りするわけではありません。タイのカレンダーにはお寺に参詣すべき日というのが書いてあります。これは月の満ち欠けのうち、新月、上半月、満月、下半月の4回です。お寺にお供え物をしたり、生き物の命を救ったり、貧者に施しをすることなどをタンブン(徳を積む)といいますが、特にこれらの日にはタンブンをする習わしになっています。早朝のお寺で敬虔なタイ人がお祈りをしている姿を撮影したいときはルナ・カレンダーを見て下さい。

<動物生理と満月>

月の満ち欠けは動物生理と深い関係にあることは、生物学者の研究に詳しく書かれています。タイでもウミガメの産卵やカブトガニの繁殖、海ツバメの営巣などを撮影することができますが、月こよみを参考にしてロケーションを組まないと撮影チャンスに恵まれません。

シャム湾の釣りが最近はやっています。タイのことですから何時行っても釣れると勘違いしている人もいるようです。当たり前のことですが、大潮・小潮によって釣れ方が違います。

最近は、撒き餌を使ったり、集魚灯を使ったり、精巧な魚網を使って、自然の摂理を無視した漁法が採用されています。タイ南部の漁師たちは資本投入してこうした漁業を始めました。先月、漁業資源枯渇を心配したタイ政府は、集魚灯や細かい魚網の使用禁止を発表しました。タイ南部漁師たちは、漁民の生活が大事なのか、それよりも環境が大事なのか、タイ政府に問い掛けるデモを行っています。与党・民主党政権の大票田である南部住民のデモだけに、タイ政府はどちらも大切であると答えるだけで、回答を出せないでいます。

<洪水と満月>

月の満ち欠けによって潮位が変わるのは小学校の理科で習ったことです。万有引力の法則の具体例はバンコクの日常生活にもあります。それは洪水です。太陽と月と地球が一直線上に並ぶとき、つまり満月と新月のときに海の水が引力に引きずられて潮の干満差は最高になります。

もともとデルタ地帯だったバンコクの地下水位も最高になります。このタイミングで雨が降ると地下からも海からも天からも水がバンコクに集中して洪水になるのです。雨季の夜の外出は月を見て判断して下さい。

<戦火と満月>

ジャーナリストとして戦火のインドシナを見続けている先達・馬渕直城さんの説を紹介します。戦闘が激しく起こるのは満月の夜の確率が非常に高い、という説です。オオカミ男では無いけれども、満月の夜には誰もが生理的に血が騒いでくるから、その集合として戦闘になるらしいのです。1975年のプノンペン陥落、クンサーの世界初会見、ポルポト最後の外国人としてのインタビュー、など数々の輝かしいスクープをとっている馬淵さんの説だけに注目したいと思っています。

さて仲秋の名月・9月24日には何が起こるのでしょうか?