<ドイツ・マフィア・コネクション>

ビールと言えばドイツです。

かつてアフリカなどにドイツ人が植民地を開拓し始めた頃は、まずビール工場を作ったといいますから、ドイツ人のビール好きは特別なものなのでしょう。最近バンコクでは、ドイツ人経営のビアハウスが目立って増えています。ビールだけでなく、ソーセージやジャーマンキャベツ、ジャーマンポテトも本場並みの美味しさと安さです。ドイツ式のビアハウスの興隆は、タイのドイツ人口の増加を証明するものでしょう。そして、人が増えれば揉め事が増えるのも世の常です。

ドイツ人がらみの事件がタイの政界を揺るがす規模で話題になっています。ウォルフガング・ウルリッヒという五十四歳のドイツ人実業家がその話題の主です。タイ女性を妻に持つウルリッヒ氏は、リゾート地パタヤを拠点に不動産・飲食・製造業など幅広く事業を手がける一方、売春婦の海外送り出しや麻薬密輸の容疑で以前からタイ警察のブラックリストに載っていた人物です。昨年ウルリッヒ氏が逮捕拘留されるきっかけになったのは、豪華ヨットで海外から無断入国し、出入国管理法違反・ヨットの輸入違反に問われたためです。問題はここからです。ウルリッヒ氏の釈放の便宜を図るために、総額8億円の金が政治家や警察・軍高官にバラ撒かれた、というのです。

この贈収賄疑惑事件は、今年に入ってからの内閣不信任案審議で野党・新希望党チャルーム副党首が提議して、民主党サナン内相や警察高官が関与していると与党攻撃したのが始まりでした。サナン内相につながるとされる二人のロビイストがそれぞれ一千三百万円、二千万円ほどの金を受け取っていることを認め、マスコミが連日トップ紙面で取上げました。一方、動議した側のチャルーム副党首がウルリッヒ氏と一緒に撮った写真が出回るなど、事件の不可解さは増すばかりです。ひとりのドイツ・マフィアをめぐって、与野党の中傷合戦は激しさを増し、警察内部の隠蔽工作と内部暴露は昏迷を極め、マスコミはスキャンダルを煽って、今日に至っています。

さて当のウルリッヒ氏ですが、現状で証拠の揃っている罪は不法入国とヨットの密輸だけで、判決が出されても関税法違反の罰金と国外追放ぐらいの制裁に終わるだろう、と識者は言っています。しかし、ウルリッヒ氏自身の悪行云々よりも、もはやタイの政争・権力闘争に舞台が移ってしまっているので、彼の長期拘留は必至です。ウルリッヒ氏に少し同情したくなりますが、マフィアよりも恐ろしい()タイの政治家や警察をお金で操ろうと甘く見たのが、ドイツ・マフィアの運の尽きかもしれません。

うがったことを言うと、贈収賄糾弾を政争に使うのならいろいろな実際例に事欠かないと思います。生け贄はウルリッヒでも、ドイツでも良かったのです!? リベートやワイロで政財界の実力者に近づく日本人が、いつ血祭りにあげられるかもしれませんので、ご注意、ご注意!

<ファラン>

日本には“ガイジンさん”という曖昧な呼び方があります。同じようなニュアンスのタイ語は“ファラン”です。元の意味は“フランス”ですが、別にフランス人だけを指すのではなく、白人系の外国人の総称として使います。今もっとも話題のファランはドイツ・マフィアのウルリッヒである、という具合です。タイ人に顔・形の似ている日本人はファランの範疇には入らないようです。より具体的に“日本人”として認識されています。

いままでファランはタイ社会から遊離した存在のように受け止められてきました。

かつてチェンマイでのハーレム生活が告発されて国外追放になったタマモトさん事件のときに、同じような生活をしていたファランたちについては全く騒がれていません。

ビルマ国境のカレン民族解放軍に参加している“ファラン”の義勇ゲリラたち(その数は少なくない)が、白昼堂々とタイ側の高級ホテルのプールで日光浴をしていても、タイ人は黙視しているのに出会ったことがあります。

経済所得の低い東欧の国から“ファラン”の売春婦がタイに流れてきて、高級娼婦としてタイ人の数倍の値段で荒稼ぎをして話題になっています。しかし、若干の例外を除いて、ほとんど摘発を受けていません。

タイではゲイ、レズを異端視する風潮が少ないためか、その手のファランの天国のような活況を呈しています。ウェブスター大辞典にバンコクを“性の都”と表記してあるのをタイ政府が抗議して修正されたのは、ごく最近のことです。

ファランたちのなかには、こうした治外法権のような遊離した立場に甘えすぎて、ついつい羽目を外してしまう人も多いようです。このところファランの犯罪検挙例が増大しています。ファランを特別視しなくなったタイの国際化の現われでしょうか。

ボランティアでチェンマイ刑務所に留置されているファランたちの相談役になっているシスターがいます。言葉の通じないタイ人看守たちと違って、ネイティブの英語で自分の悩みに受け答えてくれる彼女は受刑者たちのマリア様のような存在です。週一回の面会日に洋食の差し入れや本国の家族からの伝言を届ける彼女は、近頃多忙を極めているようです。

<コブラ・ゴールド>

インドシナ紛争を通じてタイは米軍に基地を提供していました。ウボンラチャタニーやウドンタニー、サタヒップなどの基地は有名です。現在、タイに米軍基地はありません。それでも米タイ合同軍事演習コブラ・ゴールドは毎年行われ、現在演習中です。米軍の残滓はいたるところに残っています。

パタヤが米兵の慰安のために栄えた歓楽街であったということはあまりにも有名な話です。数年前にインドシナ紛争当時の状況が蘇ったことがあります。米艦隊が湾岸戦争からの帰り道にタイに寄港したのです。パタヤはおろかバンコクからも売春婦が大挙して駆けつけ、その数はパタヤの海岸を埋め尽くすほどで、出迎えた娘たちが米海兵隊に手を振る姿は圧巻でした。現在米太平洋艦隊はユーゴとイラクで作戦展開していますが、タイに寄港するようなことがあれば、撮影チャンスでしょう。

カンボジアPKOに参加した日本の自衛隊がカンボジアから日本に引き上げるときもパタヤが中継地に選ばれました。カンボジアでは任務とマスコミの目があったせいか自重気味だった自衛隊員たちは、パタヤで思い切り羽目を外しました。おかげでエイズに罹患した隊員が数名出現したという噂です。

最新兵器を駆使する戦争の時代になっても、兵士と慰安婦、といった劇画のような古典的な組み合わせが現存することの珍妙さに苦笑してしまいます。どうせなら米タイ合同軍事演習が軍事演習の必要のないくらい平和になって、改め米タイ合同オ××コ演習にでもなれば、もっと漫画チックで笑えるかもしれません。コブラ・ゴールド「黄金の毒蛇」という作戦名もピッタリです。話が下品になって失礼しました。

<コブラより恐い?インド人>

タイにはインド人を蔑視する話があります。

「ジャングルに分かれ道がありました。一方にはコブラが、もう一方にはインド人がいます。あなたはどちらを選びますか?」ここで声をそろえて「もちろんコブラの道の方が安全」と答えるのです。

この話には知能と商才に長けたインド人に手痛くやられてきたタイ人の鬱憤がこもっています。実際に印僑のタイ進出は深く広く永いものがあります。しかし実際には華僑や華人のタイ進出の方がもっと根深いものがあるのですが、彼らはタイ人とほとんど同化してしまったために、もはや誹謗できないのです。印僑はタイ国籍を得ている人でもインド人然としています。

バンコクでインド人を探すのは、コブラを探すより簡単です。外国人向けの洋服仕立て屋のほとんどがインド人経営です。24時間オーダーメード、スーツ上下、替えズボン、Yシャツ2枚、ネクタイすべて含めて百ドル、というようなツーリスト向けの広告を出しているところは100%がインド人です。すべてで百ドルなら安いとお店に飛び込んで背広を誂えたことがあります。百ドルの生地は長持ちがしないからロンドン直輸入のウールが良いとか、ついでにブレザーも作ったら割安になるとか言葉巧みに煽てられて、結局二百ドル以上の買い物をしてしまいました。インド人、手強し。

少し話題を変えます。バンコクにある国際機関職員のインド人と話をしていて驚いたことがあります。インド独立戦争の英雄・チャンドラボースがまだ生きていると信じている村があるというのです。日本陸軍のバックアップをもとに英領インドシナでインド独立のために武装蜂起したあのチャンドラボースです。日本の敗戦時に飛行機の墜落事故で非業の死を遂げたチャンドラボースは、無抵抗主義で独立を勝ち得たマハトマ・ガンジーとともにインド独立運動史に欠かせない人物です。日本軍の傀儡であったという点が彼の評価を落としているのですが、インド人は彼のことを英雄扱いしているといいます。日本人である私に対する共通項を見つけるための間に合わせの話だと勘ぐったのですが、実際に最近チャンドラボース党なる政党が誕生したりしているのを考えると面白い話題だなと改めて考えさせられました。彼はチャンドラボース関係の資料を集めたり、証言者と出会ったこともあるということなので、いずれじっくりと話を膨らませたいな、と思っています。

<今夜はドイツ・ビールで一杯>

先般在日タイ人の数が公表されましたが、在タイ日本人の数の方が多いことに気がつきました。確かにタイの主立ったところでは日本人を見かけない場所の方が少ないくらいです。

企業の駐在員やその家族、学生、自営業者などの他に、年金生活者も滞在しています。ドイツ・マフィアのウルリッヒに負けず劣らないワルもいます。外国での一攫千金を夢見てベンチャー・ビジネスや珍商売に手をつけ始めた創業者もいます。日本人専門の就職斡旋会社もできています。そして私も出稼ぎ日本人のひとりです。

今夜はスコールも無く、ドイツ系のビアホールの片隅で生ビールのグラスを傾けています。酒の肴は、客の品定めです。ファランがいます。ビジネスマン、観光客、ミュージシャン、ジャーナリスト、得体の知れない遊び人、…。インド人のグループもいます。商売の相談をしているようです。上腕に刺青をした兵士くずれのファランがいます。傍らにはタイ娘が寄り添っています。日本人グループは言葉が他人に分からないことを逆利用して大声で談笑しています。お金持ちのタイ人も上品にドイツ料理を食べています。ここにいないのは、タイの農民や工場労働者、貧民層、ビルマやカンボジアから出稼ぎにきた3K労働者たちです。いやいや、彼らもいました!片隅で皿洗いに汗を流しています。ポテトを焼くのに頬を火照らせています。バングラデシュ人の物売りが店員の目をかすめて、テーブルの客に豆を売っています。

思わず喉が渇いて、もう一杯のビールを注文しました。