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99年2月

再考:タイの家族

昨年年初の朝日新聞の社説を思い出しています。前の年に起こった酒鬼薔薇事件や女子高生の援助交際などを念頭に、こんな風な内容だったと記憶しています。

「いままでは、国家が個人の生命や財産、人権といったものを護ってくれると誰もが信じていた。しかし、それはあくまでも理想、あるいは幻想であるということに、うすうす気づいているはずである。いままで私たちは、あまりにも無防備であった。オーム事件しかり、神戸震災しかり、…。そしてあらためて足元を見た時に、自分が守り守られる最小の単位である家族というものまでが崩壊していたのである。家族という単位までが無防備であって、この先どうなるのだろうか?…」

先日“母親が息子を射殺”するという事件が、タイで起こりました。タイ北部のチェンライで麻薬密売に手を染める息子(27歳)に業を煮やした母親(48歳)が、殺し屋を雇って我が子を射殺してしまったのです。警察に逮捕された母親は「社会に迷惑を撒き散らす息子を許せなかった」と証言しています。このニュースは巷間を駆け巡り、“社会正義”か、“家族愛”か、という井戸端談義に発展しています。うがった見方をすると、これは麻薬撲滅キャンペーンの一環かもしれません。論争が盛り上がったところで、母親は情状酌量され、社会正義は家族愛よりも大切である、というアピールがタイ政府よりなされると類推します。ともあれ、一般に家族の絆が強いと言われるタイ人ですが、この事件によって“家族とは何か”をあらためて考えるきっかけとなったようです。

孝行娘たちの昨今

貧しいタイ農村部での娘たちの身売りは、よく日本でも報道されてきました。現実に今でも、人身売買は行われていますし、売春覚悟で都会に出稼ぎに行く娘も後を絶ちません。“家族のために”という大義名分が、親や娘を自己正当化させてしまうのでしょうか。しかし、昔ほど親も子も無知ではありませんし、都会からの情報も多く手に入れることが出来ます。HIVに感染したり、虐待されて保護された娘たちの事件が、テレビや新聞を通じて田舎にも伝わります。政府やNGOの農村女性の自立プロジェクトや駆け込み寺などの救済施設なども数多く存在し、本当に窮乏している場合は保護してもらえるほどに社会保障も整ってきました。娘たちをタコ部屋に監禁して強制的に客にあてがっていたような売春宿は摘発され、ほとんど姿を消しました。現在では“家族のために”というよりも、自動車やテレビ、冷蔵庫、などのある“豊かな生活のために”体を売るケースの方が多いと言います。娘たちの家族への仕送り率も低くなっているようです。「子供は親を助けるために存在する」といったタイ従来の通念が、「親は子供を助けるために存在する」というふうに変わってきています。日本が経験してきた家族の精神史のようなものを、タイもなぞっているような気がします。娘を売り飛ばす親を擁護するつもりも、売春をして“親孝行”しろとも毛頭思いませんが、タイらしい家族の精神的な絆は保ち続けてほしいと思っています。

<タマモトさんはタイ家族制度の達観者?>

1973年にチェンマイで起きたタマモトさん事件を覚えておられるでしょうか?最近、あのタマモトさんがカンボジアで活躍されている、と風の便りに聞きます。

11人の幼な妻を囲いハーレム生活を送っていることが発覚したタマモトさんは、新聞、週刊誌、テレビなどの集中取材を受け、タイから国外退去処分を受けました。当時の報道では、「王侯気どり、乱脈な女性関係」(毎日)、「人身売買の疑い、反日感情煽りそう」(朝日)とタマモトさんを“悪者”にまつりあげているが、一概に決め付けられない部分がある、と時事通信記者の名越健朗氏は、事件後10数年を経た段階でリポートしています(中公新書「メコンのほとりで」第2章 巡礼−玉本事件再考)。少し引用しますとー

「…玉本事件を再考する時、タイ社会にはびこる一夫多婦制や妾制度も避けて通れない。この国のブルジョアにとって妾を持つことは一種のステータス・シンボルなのだが、貧困層でも複数の夫や妻を持つことが半ば一般化している。タクシーの運転手や露天の物売りが第二、第三の妻を持つのは、金に困った時に融通し合うといった生活共同体の側面もある…(中略)…幼な妻の親にしてみても、本来人身売買されるところだった娘を丁重に扱い、小遣いを渡し、英語学校や洋裁学校に通わせてくれたうえに、実家を建て直してくれた日本人を憎むはずがなかった。玉本さんが逮捕されるや、親たちが田畑を抵当に入れて保釈金集めに奔走したのも、こうした事情があったのだ…」

事実、4人の妻が仲良く助け合ってラーメン屋台のオヤジを盛り上げている大家族や、駄目な亭主を切るわけでもなく複数の夫を掛け持ちしているつわものの婦人もいます。幼いとはいえ11人もの妻が揉めること無くひとつ屋根の下で暮らし、タマモトさんが保釈されるまで“妻たちが夜を徹して警察本部前に座り込んだ”という事実は、タマモトさんがタイの家族のあり方の本質のようなもの、家族の求心力のようなものを掌握していたからなのでしょう。また、タイに戻れない、タイの妻や子供を日本に呼べないタマモトさんにかわって、彼の母親がチェンマイに通って11人の妻たちの面倒を見続けたという逸話が名越氏のリポートで紹介されており、タマモトさんが必ずしも“悪者”でないこと、家族の愛を大切にする人であることを窺わせます。かつての幼な妻のひとりを入籍したタマモトさん(現在65歳)は、カンボジアでビジネスを成功させている、と聞きます。どんな家族を育まれたのか、一度お目にかかりたい、と思っています。そして、家族の掌握術をお聞きしたい、ものです。

<車中で育つ子供たち

路上で育つ子供たち>

交通渋滞のバンコクでは、子供たちは通学の車中で過ごす時間が極めて長いようです。子供たちは夜も明けぬ早朝にたたき起こされ、顔を洗ったらすぐに車に乗せられます。朝食は勿論、車中で済ませます。車に搭載する簡易し尿器がバカ売れしたのも関係があります。車で通学する子は勿論、お金持ちのお嬢ちゃま、お坊ちゃまです。お抱え運転手つきの車で、メイドが車中での食事の世話やシモの世話までしてくれます。お坊ちゃま、お嬢ちゃまひとりずつに運転手、メイド付きの車が、バンコク市内に繰り出すのですから、交通渋滞も余計にひどくなります。そんなにお金持ちはたくさんいないだろうと侮るなかれ、これがかなりの数なのです。登下校時間には有名幼稚園、小学校、中学校の前にはベンツやボルボが数珠つなぎです。ある国会議員のデータによれば、子供たちは一日平均で4〜5時間、車中の中で過ごしている計算になるそうです。この国会議員は「バンコクの子供たちは成長期の大切なときに、大半を車の中で過ごしている。これが教育に良くあるはずが無い」と問題提議しています。

一方、繁華街の子連れの乞食。乞食を営む(?)には道行く人の同情をかわねばなりません。そこで駆り出されるのが子供たち。観光客が集まるようなドル箱のスポットは、縄張りが決まっていて、本当に困って乞食をしているような人は仲間に入れてもらえません。母乞食は実の子供を連れているケースは少なく、近所から子供をレンタル(?)してきたり、シンジケートのボスが子供を手配したりします。顔や服をわざと泥で汚した子供たちは、乞食という商売に先入観がなく、大人に教えられた通りに演技たっぷりに通行人にお金を哀願します。お貰いが多い子供は誉められ、調子に乗ってますます演技が上手くなります。この子達は、大切な成長期の大半を路上で過ごしています。

車中の幼年期、路上の幼年期、どちらがましなのかは良く分かりません。しかし、幼年期の環境がその後の人格形成に反映するのだとすれば、どちらも“家族”不在の異常な環境には違いありません。

<TVドラマで描かれるタイの家族>

「再考:タイの家族」と題して話を進めたものの、取り留めの無い展開になってきました。それだけタイの家族のあり方にはバラエティーがあるということです。カオス(混沌)のタイと呼ばれる由縁か、私の頭がカオス状態なのか。では、タイの理想の家族、理想の父親とはどんな姿なのでしょうか。2月からチャンネル5ではじまった全6話12回のドラマシリーズ「ポー(父)」が、タイの家族の理想像を描こうとしています。タイの実力俳優6人が主演で競演し、それぞれの話を6人の名監督がメガホンをとるシリーズですから、見るのを楽しみにしています。

例えば、そのうちの一作「ほどほどの人生」を簡単に紹介しましょう。バブル景気の時代に事業で大儲けをした息子が経済の破綻で倒産し、田舎で暮らす父の元に戻ってきます。そこで父は息子に「ほどほどに満ち足りた人生」を説きます。息子の独立から成功、挫折にいたるまでの道程と心の揺れ、信条にしたがって世の中の急激な流れに動じず淡々と生きる父親の対比が物語の骨組みです。タイのバブル経済崩壊後、この物語と同じような境遇にある人も多いので、共通体験としてみる視聴者も多いと思われます。

このシリーズは、国王に捧げるために制作されたとタイトルされてあって、格調高く作られています。こういう父(ポー)たちがいれば、タイの国も逆境の時代を乗り越えられますよ、という優等生の作品です(優等生度80%!)

実は、しもじもの人まで含めて、「あっ うちの家族と同じやん」と思わせ大ヒットしているTVシリーズがあります。それは皆さんも良くご存知の「クレヨンしんちゃん」です。タイでは「チンちゃん」と発音しますが、誰に聞いても「チンちゃんの家族」のことは良く知っています。「おしん」が共感を得た時代はもう過ぎ去ってしまったのです。ちなみにタイ語で「チン」というのは「本当」という意味ですから、「チンちゃん」は「まことちゃん」というネーミングになります。「本当!」と強調する時は「チンチン」と繰り返します。若い女性に「チンチン」といわれて誤解しないで下さい(チンチン度90%!)。