
今年のタイは総選挙で盛り上がる?
今年はタイで新憲法のもとに総選挙が行なわれますが、その前哨戦がすでに始まっています。
政治腐敗を解消する目的で編纂された新憲法の選挙の大きな変化は、いままで推薦制だった枢密院議員が公選制になる点です。タイも二院制をとっており、枢密院と下院に分けられています。いままで枢密院議員は、元陸軍大将とか、王室関係者とか、タイの貴族侯爵階級を形成する人たちで構成されていました。公選制にすることで彼らの既得特権を弱めようというのです。衆目に頭をさげて議員になる必要なし、と立候補登録をしない枢密院議員もいます。逆に枢密院議員になれば特権と利権を手に出来る、と金をばら撒いて何としてでも議員になろうとしている立候補予定者もいます。新憲法の意図とは、まったく逆です。
さて下院の方も総選挙を睨んで、昨年末から与党と野党で激しいつばぜり合いが繰り広げられています。元首相で野党党首チャワリット氏から、真実なら世界的スクープになる爆弾発言が飛び出しました。
「98年にカンボジアのフンセン首相を暗殺しようとしたカンボジア人ソック・ヨウンとタイのスリン外相は関係を持っている。このソック・ヨウンらテロリストは、ケニア・タンザニアの米大使館爆破の首謀者とされるイスラム原理主義過激派オサマ・ビン・ラディンと連絡を取りあい、10月に起こったビルマ大使館占拠事件の学生グループに武器供与し、タイ石油爆発事件にも関与している…」と国会で朗々とぶちかましたのです。そしてソック・ヨウンとカンボジアの野党党首サム・リャンシーとが電話でスリン外相のことを話しているのを盗聴録音したテープを証拠として提出したのです。元陸軍最高司令官で首相も経験したことのある野党党首が国会という席上で代表質問しているのですから、普通なら重大事件です。このチャワリット発言の数日前に、オスマ・ビン・ラディンがタイ・ラオス国境近辺に潜入してバンコクとプノンペンの米大使館爆破を計画している、という噂が流れていました。タイ外務省は、CIAや世界の諜報機関に打診してもそのような情報は確認できない、単なる噂に過ぎないと発表していたばかりです。何せアメリカが史上最高額の5百万ドル(5億円あまり)の懸賞金を掛けているビン・ラディンですから、私なんかは一攫千金を得た後はタイで余生を楽しむばかりと、獲らぬタヌキの皮算用をして血眼になって情報を集めました(でもCIAやタイ軍情報部にかなうわけはありませんが)。チャワリット発言のリアクションは連日紙面を飾るのですが、記者たちの反応は冷めています。次の選挙戦を睨んだチャワリットのパーフォマンスであるというのがもっぱらの見方なのです。
チュアン政権やスリン外相は「根も葉もない作り話」として相手にしません。次に飛び出したのが陸軍の経営するテレビ局チャンネル5でソック・ヨウンの告白インタビューが放映されたのです。チャワリット氏が陸軍にいまだ影響力を残しているのは知られていますが、それを誇示するかのような放送です。しかし、このインタビューの映像が非常に不自然なところから、ソック・ヨウンの発言内容は強要されたものであることを疑う人の方が多いようです。パーフォマンスをすればするほど信じてもらえず空回りになってしまうチャワリット氏は、新聞紙面では道化師のような扱われ方になってきました。
しかし、チャワリット氏に援軍が現れたのです。カンボジアのフンセン首相です。盗聴テープや告白インタビューのようにソック・ヨウンが犯人とされる暗殺未遂事件にサム・リャンシーが深く絡んでいるのなら、政敵を叩く良いチャンスです。UNHCR(国連高等難民審議官事務所)で難民資格を与えられているソック・ヨウンの逮捕状をタイに要求したいとフンセン首相が発言しはじめました。タイ政府はソック・ヨウンはUNHCRからすでに難民資格を得ており、暗殺事件犯ということではなく、入管法違反ということで軍部が拘留しているだけだと答えています。
だいたい98年のフンセン首相の暗殺未遂事件は、フンセンが狙われたのか誰が狙われたのかハッキリせず、カンボジアのお歴々の車列に迫撃砲が撃ち込まれたものです。犠牲者は沿道で車列を見ていた少年です。ソック・ヨウンが犯人とされたのですが、確たる証拠もありません。
国内選挙を有利に戦うことを目論んだチャワリットの爆弾発言が、波紋を呼んで、国際テロ、国際謀略、国際スパイ問題にと話題が広がりつつあります。サム・リャンシーがオサマ・ビン・ラディン宛にタイ、ラオス、カンボジアでのテロ活動の依頼と50億円の報酬を書いた手紙などの怪文書も飛び交うようになってきました。論議はすでに選挙民の関心事から離れてしまっています。そして、チャワリット氏が陸軍参謀長をやっていたときのビルマ軍政との木材利権の癒着なども取り沙汰されるようになってきましたので、足元に火がつかないうちにチャワリット氏はこの話を沙汰闇にするかもしれません。
チャワリット氏の話にどれくらいの信憑性があるのか、というと100%ではないし、0%でもありません。政府与党を陥れるためのかなりの脚色部分はありますが、どこかに真実も隠されているはずです。それは彼が軍部の情報をかなり持っているからです。
タイでは総選挙になるとこのように地下で行なわれているドロドロとした世界がちらちらと見え隠れします。もちろん私にタイの選挙権はないのですが、タイ社会の深淵を覗ける良いチャンスだと思って、注目しています。そして今回は、いままで民衆にベールに包まれていた枢密院議員選挙がありますから、より楽しみです。
ところで誰か本当にオサマ・ビン・ラディンの正確な情報を持っていませんか。懸賞金の5百万ドルを手にして、タイの田舎で何もせずに安穏と余生を暮らすのが夢です。