すぱいしータイランド

 

鰐と鮫

 欧州での狂牛病や口蹄疫の影響で、タイ産のワニ肉の需要が世界で拡大しています。3月5日ロイターが世界に配信したニュース映像が日本でも流れた ので御存知の方も多いと思います。取材を受けたシラチャーにあるワニ養殖業者は一躍有名になりました。

           ワニ養殖場

 翌日、野生生物保護グループがタイ近海でのフカヒレの採集禁止を要求、というニュースがタイ英字紙NATIONに掲載されました。アメリカの NGOがタイの著名な映画監督チャットリー氏などを巻き込んで、フカヒレスープを食べないキャンペーンを展開するといいます。

 ワニとサメ。どちらも御近づきになりたくない動物です。鋭い歯、表情が見えない上に獰猛そうな顔、…。相似悪形。その両者が、奇しくも同じタイミ ングで話題になったのです。この二つの正反対の話題(どんどん食べよう、食べるのを止めよう)について、タイ流スパイシーな味付けをして御賞味いただきま しょう。

 狂牛病、口蹄疫など人獣共通感染症とされる疫病は欧州だけの話ではありません。

98年からマレーシアのネグリセンビラン州で日本脳炎状の病気が猛威をふるい数十人の死者が出ています。同州の豚の抹殺指令が出たことは記憶に新し いことだと思います。日本脳炎ウィルスは豚の体内で増殖し蚊を媒介して人に感染しますが、豚自体は日本脳炎を発症しません。ところがマレーシアの豚は過敏 になり他の豚に噛みついたり、激しい咳と喀血を起こし死亡するケースが報告されています。実はマレーシアの日本脳炎状疾病は、日本脳炎ウィルスではなくヘ ンドラ様ウィルスが原因であることが判ってきました。

 

ヘンドラウィルスはオーストラリアで馬と人で致死的感染を起こし、1994年以来何度か報告されています。ヘンドラウィルスの自然宿主はオオコウモ リで、人、馬、猫、モルモットなどが感受性動物です。豚も感受性動物であるらしいことが、マレーシアの豚騒動でわかりました。日本脳炎であると話題だけが 先行したのですが、正しい処置(検疫と予防)が施されるまでには研究者の成果を待たねばならなかったのです(参考:山内一也東大名誉教授の連続講座 人獣 共通感染症 霊長類フォーラム)。

タイのカラシン県で今年1月から300頭におよぶ牛が謎の感染症に罹って、タイ畜産業界は戦々恐々としています。しかし、一概に狂牛病(ブリオン 病)、口蹄疫などと決め付けることは、マレーシアの豚騒動同様に危険です。ともかくも世界にはいろんなウィルスが蔓延しているのです。グリーンモンキーの エボラ熱、キタキツネのエキノコックスなど、人獣共通感染症の具体例を数えればキリがありません。そうしたウィルスは、ずっと以前から存在していて、いつ どんな条件で顕在化してくるのかがわからないのです。たとえば口蹄疫O型ウィルスは欧州だけでなく、台湾、香港、ベトナム、カンボジア、ラオス、韓国、極 東ロシアそして日本(O/JPN/2000)でも報告されています。疑心暗鬼になっていたら、牛肉も豚肉も食べられません。

昨年末にインドネシアで味の素事件がありました。豚の体内で培養した成分が味の素に含まれていることで、味の素のインドネシアでの製造発売中止と日 本人管理職の拘束までに発展しました。イスラム教徒たちが日常食べている食品に、知らないうちに豚が使われていれば、騙されたと憤慨するのは良く判りま す。それまで味の素はイスラム教徒が食べて良い食品の「ハラル」に指定されていました。どうやら、この「ハラル」を指定する管轄官庁と味の素側に軋轢が あったようです。それが、以前から同成分が入っていたにも拘らず急に味の素の「異教徒ウィルス」が顕在化した理由だと囁かれています。「異教徒ウィルス」 と「狂牛病ウィルス」を同じ土俵にあげて茶化すのは不謹慎ですが、ウィルスが顕在化する条件というのは重要です。インドネシアの「反日ウィルス」というの は今のところ潜在していますが、いつ顕在化するか判りません。

さてワニ肉から随分と話がずれてしまいました。ワニの養殖は、ここ最近に始まったものではありません。東南アジア各国には経営不振で放棄されたワニ の養殖場が点在します。

これには日本政府が絡んでいます。地場産業促進という名目でワニ養殖場にODA援助金をバラまいた時期があったのです。マルコス政権崩壊後に、フィ リピンでの日本ODAの洗い直しがありました。そのときに報告されたなかのひとつに、作りかけたまま放棄された養殖場や管理人がいないまま飢死寸前のワニ たちの映像が記憶にあります。たまたま今日ワニ肉にスポットライトが当たったとしても、いままで辛酸を舐めて崩壊したワニ養殖業者は浮かばれないでしょ う。ワニ・ビジネスには成功する潜在能力はあったのだが、それがいつ顕在化するのかという読み間違いがあったのです。

 ぼちぼち話題をサメに移さないと紙面が無くなります。

 医食同源を生活規範とする中国人が珍重し好んで食べるのがフカヒレです。中国歴代の皇帝が不老長寿の薬を求め、世界中の体に効きそうな食物が漢方 に集約されてきた数千年の歴史があります。その中でもフカヒレは定番といっても良い料理です。フカヒレの捕獲禁止を要求するアメリカのNGOは中国数千年 の歴史に喧嘩を売って勝てるのでしょうか。

           ふかひれ屋さんの看板

確かに世界各地の海洋自然保護地域などで近年サメの姿が激減しているという報告があり、すでにブラジル、アメリカ、コスタリカ、オーストラリアでは 領海内でのフカヒレの捕獲が禁止されています。スキューバダイビングの趣味を持つタイの映画監督チャットリー氏は、タイ近海で潜ってもサメを見かけること が少なくなったと嘆いています。捕鯨問題と似ていて、個体数調整のバランスは微妙で難しいものです。タイ航空のファーストクラスで出されていたフカヒレ スープも自然保護という理由から中止になりました。そしてこうした論争が続いているうちに、酒田港のフカヒレ水揚げ高が世界一になるなど、日本はまさしく 漁夫の利を得てしまいました。今度は日本が標的になりそうです。

 北海道でエゾシカの保護が叫ばれたのはついこの前の話でしたが、今ではエゾシカが増えすぎて食害を起こしています。自然をコントロールできると人 類が錯覚して以来、たくさんの過ちが繰りかえされてきました。

 ワニとサメのニュースを聞いて、またぞろ同じ過ちを犯して欲しくないと願うばかりです。地球上にワニとサメが氾濫し充満するのを想像するとゾッと します。今、ヒッチコック監督の「バード」の恐怖以上に鮮烈なイメージが脳裏をかすめました。この辺で止めておきます。最後に一句。

 ワニはからん 自然マニアの フカ情け

(MK)

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