[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック
被災地ルポE 「生中継」
12月30日。
日本時間朝6時半。現地時間朝4時半。夜明け前で真っ暗である。
昨朝と今朝、朝ニュースのライブ中継に対応するために、衛星パラボラがセットされたホテルの屋上で夢遊病状態で作業。
臨場感を伝えるためという理由で、ニュース番組は現地からライブ中継を多用することが主流となっている。
10年ほど前に体調を崩したことなどでデイリー・ニュースから遠ざかっていたから、中継機材の格段の進歩に驚愕する。
例えば10年前、インマルサット衛星電話は大型のスーツケースほどの大きさで重さも20キロほどあった。値段は2,000万円。今は、A4ノートブッ
ク・パソコンくらいである。値段は100万円を切っている。また、もっと安価な衛星携帯も登場している。テレビの映像と音声を送る衛星回線は、そのデータ
情報量が多大なので電話回線とは別であるが、その周辺機材も軽量・低価格化が進んでいる。
現地からライブと聞けば、回線が途中で切れないか、切れたときのバックアップはどうするか、二重三重にトラブったときのシュミレーションをして、本番直
前には胃がキリキリと痛くなるのが常だった。回線が切れて、東京のスタジオとのコミュニケーションができず、バックアップでモタモタしている間に放送終了
ということも少なからずあった。ニュース・キャスターの「回線状況が良くないようです」という一言で、その準備を含めての労力が徒労に終わる。そんなとき
は強烈な虚脱感に襲われた。施設が整いスタッフが揃ったスタジオからライブするのと違って、ニュース現場からのライブはいつも綱渡りであった。だからこ
そ、現場からのライブにやりがいを感じた。
ニュースではないが、17年前にチョモランマ登頂をライブで流すという某局の特別番組に参加したことがある。
「いまクライマーが滑落するかもしれない、いま雪崩が発生するかもしれない、だから視聴者は固唾を飲んで画面に釘付けになる。結果を知っていて映像を見る
のと、これから何が起こるか分らないことを現在進行形で現場と日本で共有できることが、ライブの醍醐味である。例えば、マラソン中継。あっ瀬古の顔
が歪んだぞ、増田明美が水補給を失敗したぞ、2時間もランナーが走っている姿をワクワクドキドキ見ることができるのはリアル・タイムだからだ。結果や記録
を知った後で、飽きずに2時間もマラソンを見る人はいない。究極のドキュメンタリーはライブである」と熱く語った故・岩下莞爾プロデューサーの言葉を想い
だす。
ヒマラヤという自然条件、当時の中継機材、政治的に通信関連機材を厳しく規制していた中国・ネパール、…。10年以上もかけて、それらの困難を克服し
チョモランマからの生中継を実現した岩下さんの偉業。
当時と較べると、中継機材、スタッフの技術、現地中継環境などが格段の進歩を遂げて、現地から生中継を行うことはそれほど難しくなくなっている。しか
し、いくら機材が進歩したといえども電話のように携帯で持ち歩くというわけにはいかず、決まった時間には中継地点に戻っていなければならない。そのための
拘束が朝、昼、晩、極端なときは一時間おきにライブがあって、十分な取材活動をしている時間がない。かくして、現地にいるが現場は十分に見れず、レポート
する情報は東京から伝えられたものという矛盾が起きてしまう。さすがに今回のような大災害では数チームが現地で活動し、中継と取材の分担が行われている。
しかし、本来の取材活動に破綻をきたすのなら、「ライブの醍醐味」
のない「現地にいる証拠」だけの顔出し中継が本当に必要なのかどうか再考すべきである。ハードは進んだがソフトが遅れている感は否めない。
中継慣れしたリポーター、熟練スタッフ、最新機材のおかげで胃がキリキリすることもなく、朝・昼のライブ・カメラをこなし、午後から現場取材に出る。
明日は大晦日。そして未解決だった奈良の幼女誘拐殺人事件の犯人逮捕で、津波関連ニュースを放送する時間がほとんどない。年明け三が日以降に放送する前
提で取材してほしいという。ニュースというのは、そんなもの。年明け放送や生中継うんぬんは内輪話。目の前で痛み、悩み、もがき、苦しみ、悲しんでいる人
たちには何の関係もないことである。
情報を求めて、クラビ県へ足をのばす。クラビ県の遺体収容所や病院を訪ねる。
蔓延する死臭と、病室でうめく怪我人と、はぐれた家族の行方を探し彷徨する人たちは、お正月がくるからといって消えてなくなるものではない。疫病、不明
家族捜索と死亡確認、復興、トラウマなどの後遺症、救援資金、孤児の養育や教育、…、問題は山積している。
クラビの街角のあちらこちらに、大晦日救援コンサートの垂れ幕が掲げられているのを見る。
被災者たちは、どんな想いでカウントダウンを聞くのだろうか。
(続く)
